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「芝生のある公園に行こう!」では藤沢市周辺の芝生広場のある公園を紹介しています。
城山公園は早川城址に古くからある素朴な公園です。近年周辺の森林地域も整備され公園らしい、公園になりました。芝生広場は広いのですが、芝の根付きが今ひとつなのが残念。しかし自然の地形が生かされているため、いろいろな楽しみ方が出来 ます。また。遊具も充実しています。その他、バーベキューなどが出来る施設もあります。
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■ 歴史 ■ 園内の案内に表示されている内容を掲載しています。
渋谷氏(しぶやし)と早川城跡(はやかわじょうせき) 渋谷氏は平安の末期、綾瀬市域を中心に渋谷荘(吉田荘)という荘園を支配し、勢力をもった武将でした。「吾妻鏡(あずまかかみ)」によると、平治の乱(1159年)に敗れて奥州に落ち延びてゆく源氏の重臣佐々木秀義(ささきひでよし)を渋谷重国(しぶやしげくに)が保護したとの記載があることから、この頃までには綾瀬市域一帯を支配下に置いたものと思われます。 鎌倉時代になると、渋谷重国は源頼朝の家臣である御家人となり、その子高重は早川次郎と名乗り、早川に拠点を置いて一族を統率していたものと思われます。1213年の和田合戦(わだかっせん)では高重は和田義盛に組したため高重はじめ多くの一族が討たれましたが、1247年、宝治合戦(ほうじかっせん)の後、その軍功により薩摩国入来院(さつまのくにいりきいん)ほかに所領を得、地頭となり、その際多くの一族が薩摩に移って行きました。しかし室町時代の初め頃までは綾瀬市域に渋谷氏の支配が続いたと思われ、その一族が早川城を築城したと考えられます。
1号柱穴列(ちゅうけつれつ)から出土した火舎片(かしゃへん) 平成3・4年度の発掘調査の結果、早川城の北西部の斜面に段切して作られた腰郭(こしくるわ)に掘建柱建物の柱穴列が見つかりました。柱穴は全部で5つで、その内の4つは直怪が50cm・深さが70cmあり、建物の主柱用の穴であると思われます。早川城の関連施設の一つで、見張り小屋的機能をもった建物跡と思われます。 この柱穴列の箇所よりかわらけとともに瓦質で出来た火舎の口縁部(こうえんぶ)の破片(口径42cm)が出土しました。火舎とは火鉢(ひばち)のことです。口縁の部分には二本の沈線(ちんせん)の間に押印菊花文が、またその直下と下端部分にも珠文帯(じゅもんたい)がめぐっています。このような特徴から14世紀ごろ(鎌倉時代後期から室町時代前期)作られたものと推定されます。中世の出土遺跡が少ないなか、早川城の成立を解明していく上で重要な遺物の一つです。
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